大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成2年(レ)74号 判決

控訴人 ユニオントレード株式会社

右代表者代表取締役 佐藤一郎

右代理人支配人 白石卓郎

被控訴人 松本憲八

右訴訟代理人弁護士 高橋武

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金五三万一六六一円及びこれに対する平成二年二月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

四  この判決は第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一1  控訴人被控訴人間には、東京地方裁判所昭和五八年手ワ第一三一六号約束手形金請求事件についての仮執行宣言の付された手形判決(昭和五九年二月二〇日言渡し)があり、右手形判決は、「被告(本件被控訴人)は、原告(本件控訴人)に対し、金四二〇万円及びこれに対する昭和五八年四月三〇日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。」という内容である。なお、右手形判決に対しては、被告(本件被控訴人)から異議が出され、通常訴訟に移行し(同裁判所昭和五九年ワ第七〇一四〇号)、昭和六一年三月一九日被告(本件被控訴人)敗訴の判決(手形判決認可)があつた。これに対し、被告(本件被控訴人)が控訴し(東京高等裁判所昭和六一年ネ第一〇〇七号約束手形金請求控訴事件)、昭和六二年四月三〇日控訴人(本件被控訴人)敗訴の判決(控訴棄却)があり、この判決は確定した。したがつて、控訴人は、被控訴人に対し、前記のとおりの金員の支払いを内容とする債務名義を有している。

2  控訴人は、本件債務名義に基づいて、昭和五九年二月下旬ころ、東京地方裁判所八王子支部に対し、被控訴人所有の不動産の強制競売の申立てをし、右事件は、同支部昭和五九年ヌ第二五号不動産強制競売事件として係属した。

3  控訴人は、右強制競売事件につき、同支部に対し、次のとおり、執行費用を予納ないし納付した。

(1) 昭和五九年二月二七日 予納金三五万円

(2) 昭和六三年一月二二日 予納金二五万円

(3) 昭和五九年二月二七日 収入印紙及び郵便切手二万三八〇〇円相当

(4) 昭和五九年二月二八日 収入印紙及び郵便切手一万六八〇〇円相当

4  被控訴人は、控訴人に対し、平成元年八月五日、本件強制執行の不許を求める請求異議の訴えを東京地方裁判所に提起し、この訴えは、同裁判所平成元年ワ第一〇四〇五号事件として係属した。

5  右請求異議事件の、平成元年一一月八日の口頭弁論期日において、控訴人と被控訴人との間に次の条項による和解が成立した。

(1) 控訴人と被控訴人は、控訴人の被控訴人に対する東京地方裁判所昭和五八年手ワ第一三一六号約束手形金請求事件の執行力ある判決正本に基づく強制執行をしない。

(2) 控訴人と被控訴人は、本件訴訟を終了させること合意する。

(3) 訴訟費用は、各自の負担とする。

6  被控訴人は、本件不動産強制競売事件について、右和解調書正本を東京地方裁判所八王子支部に提出し、同支部は、平成元年一二月一五日、右不動産強制競売事件の執行処分を取り消す旨の決定をした。

7  右の執行処分取消しにともない、控訴人は、同支部から予納金残金九万六〇五九円及び予納郵便切手残一万二八八〇円の還付を受けた。

8  ところで、前記のとおり、訴訟上の和解が成立し、これに基づき執行取消がされるに至つた経緯は次のとおりである。

すなわち、控訴人が、前記2のとおり本件債務名義に基づいて、被控訴人所有の不動産に対し、強制競売の申立てをした後、被控訴人は、控訴人に対し、本件債務名義の弁済についての交渉をした。控訴人は、債務名義に掲示された債権のほかに、訴訟費用金四四万八六〇〇円、競売費用六四万一〇五〇円、交通費八万六三六〇円、通信費四五〇円の合計六九二万一八四〇円と、さらに弁済までの期間が長くなつたことを理由とする若干の金員の支払いを求め、右金額の支払いがなければ競売の取下げには応じられない旨述べた。

しかし、被控訴人は、債務名義に掲げられた債務を弁済すれば足りると考え、控訴人の要求に応ずる気になれず、債務名義に掲げられた金額(元本及びその遅延損害金)の提供だけでは控訴人に受領拒絶されることが予想されたものの、平成元年七月三日控訴人に対し、右金額である約束手形金四二〇万円及びこれに対する昭和五八年四月三〇日から平成元年七月三日まで(六年六五日間)年六分の割合による遅延損害金一五五万六八七七円の各合計五七五万六八七七円を弁済提供したが、受領してもらえなかつた。そこで、同日、東京法務局に対し、右金員を供託し、その弁済供託書を八王子支部に提出し、本件不動産強制競売事件の一時停止を得た。

右供託をした後、被控訴人は、前記のとおり、債務名義に基づく強制執行の不許を求めるため請求異議訴訟を提起し、平成元年一一月八日、訴訟上の和解により、本件債務名義による強制執行をしない旨の合意が成立し、その訴訟は終了した。そして、控訴人は、被控訴人から、債務名義に掲げられた金額の支払いを受けた。

二  控訴人は、本訴において、被控訴人に対し、本件不動産強制競売事件において予納ないし納付した金銭などのうち、執行取消による還付を受けられなかつた五三万一六六一円相当額及びこれに対する本件支払命令送達の日の翌日である平成二年二月一一日からの損害金の支払を求める。本件の争点は、前記の経緯により本件不動産強制競売事件が執行処分取消しにより終了した場合に、同事件の手続きに要した費用(本件手続費用)は、強制執行申立てをした債権者が負担するのか、それとも債務者が負担するのか、という点である。

第三争点に対する判断

一  民事執行法四二条は、強制執行の費用で必要なもの(執行費用)は、債務者の負担とし、金銭の支払いを目的とする債権についての強制執行にあつては、執行費用は、その執行手続において、債務名義を要しないで、同時に取り立てることができると定める。民執法四二条一項が執行費用を債務者の負担とさせた趣旨は、次のとおりであると解される。つまり、強制執行に要する費用は、弁済のため要する費用と考えることもでき、そうすると民法四八五条本文の規定により、特約のない限り、債務者の負担となるが、しかし、強制執行をしなければ弁済を受けることができなかつたか否かについては、これを常に肯定できるとは限らないから、同条但書に規定された債権者の行為によつて費用を増加したときに該当することもあり得る。したがつて、法が執行費用の負担者を明文で定めないときは、具体的事件ごとに、右のような事実を確定しなければ、費用の負担者が定められないことになつてしまう。そこで、民執法四二条一項は、右のような事情のいかんにかかわらず、強制執行が行われ、これにより債務名義の効力が実現されたときは、その強制執行に要した費用の負担は、常に債務者とすることと定めたのである。

そうすると、民執法四二条一項は、強制執行がその手続自体について目的を達して終了した場合には適用されるが、強制執行がその目的を達しないで終了したとき、例えば、申立ての取り下げ、手続きの取消しにより終了したときには、それまでの手続きに要した費用が、当然に債務者の負担になることまでをも定めたものとは解することができないし、逆に右のような場合に費用は、当然に債権者の負担となる旨を定めたものと解することもできない。そして、このような場合は、民事執行法上明文で定められていないのであるから、原則に戻つて、民法四八五条が適用されると解される。すなわち、強制執行がその目的を達しないで終了したときには、民法四八五条が適用され、手続費用が、弁済の費用にあたるときは、債務者の負担となり、そうでないときは債権者の負担となると解される。

二  そこで、次に、本件手続費用が、民法四八五条本文で定める弁済の費用にあたるかどうか検討する。

本件は、前記認定のとおり、控訴人は、被控訴人が弁済をしないため、本件不動産強制競売を申し立て、その後、当事者間で任意の交渉がされたが合意に至らず、そこで被控訴人は強制執行を免れるため元金と遅延損害金を供託して請求異議訴訟を提起し、その期日において和解をして、執行処分が取消しになつた事案である。以上の事実からすれば、右取消に至るまでの間控訴人が支出した本件手続費用は、債務者である被控訴人が債務の履行をするに際し必要な支出といえるから、弁済の費用にあたるということができる。他に、手続費用を一方当事者の負担とする特約があつた事実は認められないし、また、債権者の行為によつて費用を増加させたといえる事実も認められない。したがつて、以上の事実関係から、本件では、手続費用は弁済のための費用であり、債務者である被控訴人の負担となると解するのが相当である。

なお、本件では、前記のとおり、被控訴人の提起した請求異議事件で和解が成立しており、この事実が右結論に影響を及ぼさないか検討する。前記認定のとおり、控訴人と被控訴人間で、控訴人の被控訴人に対する東京地方裁判所昭和五八年手ワ第一三一六号約束手形金請求事件の執行力ある判決正本に基づく強制執行をしないこと、本件訴訟を終了させること、訴訟費用は各自の負担とすることをそれぞれ合意する、という内容の和解が成立した。しかし、弁論の全趣旨によれば、控訴人は、被控訴人に対し、右和解において、本件手続費用の支払いを求めたが合意に達せず、本件手続費用は別途請求して決着をつけることとして、右請求異議訴訟の和解を成立させたことが認められる。そうすると、控訴人が、本件手続費用の請求権を放棄したとは認められない。したがつて、控訴人は、右和解において、本件手続費用の請求を放棄したわけでないから、和解をしたという事実は、右結論に影響を及ぼさない。

三  なお、被控訴人は、当審で、過払いによる相殺の抗弁を主張した。その要旨は次のとおりである。すなわち、訴外鈴木美晴は控訴人に対し元金三二〇万円の貸金債務を負つていたが、被控訴人は控訴人に対しその債務を保証する趣旨で額面四二〇万円の約束手形を交付した(右約束手形について、手形判決があつたことは、第二、一、1記載のとおりである。)。ところが、被控訴人は控訴人に対し前記債務名義に掲げられた金額である五七五万六八七七円を前記のとおり支払つているが、そのほかに、主債務者である鈴木も控訴人に対し四五二万円を支払つている。したがつて、右弁済合計金額は元利合計金額を超えることは明らかであるから、被控訴人は控訴人に対し過払金返還請求権を有するというものである。

本件記録によれば、被控訴人は本訴第一審から被控訴人代理人弁護士に訴訟を委任しており、同弁護士は本件事実関係を把握していたと解されるが、本件では、前記のとおり、第一審以来民執法四二条の解釈等だけが争点とされ、当審でもその解釈等に関する当事者双方の主張立証をさせ、ほぼその主張立証が尽くされた第四回口頭弁論期日において、被控訴人代理人が原審及び当審を通して初めて相殺の抗弁を主張した事実が認められる。そして、被控訴人が主張する相殺の自働債権の存否の判断には、今後双方よりさらに主張立証を尽くさせる必要があり、これにより訴訟完結を遅延させることが明らかである。以上の事実関係からすると、右主張は、時機に遅れた防御方法であり、かつ被控訴人には重大な過失があるといえる。したがつて、相殺の抗弁の主張は却下する。

四  よつて、控訴人の本訴請求は正当であり、これを棄却した原判決は失当であつて、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条に従い、原判決を取り消して控訴人の本訴請求を認容する

(裁判長裁判官 荒井眞治 裁判官 三輪和雄 齋藤清文)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例